" そろそろ昭和も終わろうかとしている頃、近所のデパートの4階に中古ゲームショップができました。当時、私の地元ではゲームショップ自体がまだ珍しく、中古販売をしている店はここ一軒でしたから、値段に関して相場らしい相場がありませんでしたし、相手が子供でも、親の承諾書無しで買い取りしてくれました。しかもこの店、何故か在庫数による極端な変動相場制だったために、価格が一週間もすれば大幅に変わってしまうのでした。(恐らく店長はゲームの知識も無かったのでしょう、89年当時に『ファイナルファンタジーII』を200円!で買った覚えがあります。)
私はそうは思わないのですが、クラスのみんなの間では、『ハイドライド・スペシャル』(以下ハイドラ)はつまらないと評判でした。「マップが把握しにくい」「敵が鬼強い」「キャラが攻撃してるんだかどうだか解らない」「敵を叩いた時の音(ブシッ)がイヤ」「パッケージに騙された」とか、散々な言われようでした。そんなわけで、ハイドラは子供たちと近所のおもちゃ屋から大量流出したため、在庫が豊富で、実売100円で売っていました。
そんな中、一人の小学生が、毎週極端に変動する買取価格を見て、値段が安いときに買い、翌週に高くなっていたら売るようにすれば、お小遣いが稼げるのではないか、ということに気が付きました。なかでもハイドラは最下限の値段である100円で売りに出されることが多く、彼にとっては鉄板の物件なのでした。
しばらくして、シンクロニシティーとでもいうのでしょうか、周りの小学生も一斉に相場を読み始めるようになりました。それからというものの、「100円のハイドラは大勢の相場師によって買い取られ、在庫不足により一週間後には買い取り価格480円に生まれ変ったところで、すかさず売りに出され、在庫過多により再び100円に戻る」を繰り返すことになります。結局そんな子供たちが大挙して押し寄せ、1年と経たずにその店は潰れてしまいました。
・・・ハイドライドスペシャル、それは多くの小学生相場師を生んだ伝説のソフトなのでした。"
– 思い出のファミコン [ハイドライド・スペシャル] (via rpm99)